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第2部 第1章
 第3話 家庭に入れなかった「U-マチック」

 米宇宙船アポロ11号が有人で初めて月面着陸を達成、世界で話題を呼んだ1969年10月。その月の29日、4分の3インチ幅テープを使用したカセットで最大90分のプログラムが再生できる「ソニーカラービデオプレーヤー」の発表の日を迎えた。

「社会と家庭生活に一大変化が」という宣伝文句を裏切らず、そこに置かれた四角い箱「ソニーカラービデオプレーヤー」を井深が発表すると、報道陣からは驚きの声が上がった。ビデオプレーヤーの横に一緒に置かれたカセットは、週刊誌の半分くらいの大きさで重さ約450グラム。これを、プレーヤーに差し込めば、ワンタッチで記録・再生が行えるという(記録する場合にはアダプターが必要)。もう、オープンリールのようにテープをいちいち手でかけなくても良いのだ。「見たい映画や演劇およびテレビ番組を、家庭のテレビ画面にカラーで再生できる」と銘打ったソニーの新しい映像媒体の登場を、読売新聞は「もうすぐやって来る映画・演劇のカンヅメ時代」との見出しで大きく報じた。まさに、VTRはカセット方式で本格的に家庭の中に入っていく勢いだった。

 この頃、さまざまなタイプのカセット式VTRが何社からも発表されていた。「世界普及のために、方式・規格の統一をしなくては」というソニーの呼びかけで、話し合いが始まった。そして、1970年3月に、ソニー、松下電器、日本ビクター、その他海外メーカー5社の間で規格統一の合意がなされた。「U規格」の誕生である。ソニーが松下電器や日本ビクターと3社協定を結んだ、初めての経験である。実はここで、ソニーは譲っていた点がある。本当は「U規格」と決まったサイズより20%小さなカセットをソニーは開発していたが、他社が「これでは作りにくくて、価格が高くなる」というのでやむを得ず妥協したのである。

 さて、ともあれ規格もまとまり、いよいよ商品化である。翌1971年9月、大手町・経団連会館において「ソニー・カラー・ビデオカセット」の商品発表会が開かれた。その名も「U-マチック」。プレーヤーの「VP-1100」(価格23万8000円)に加えて、レコーダーの「VO-1700」(価格35万8000円)も世に送り出された。

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U-マチックの原型「ソニーカラー
ビデオプレーヤー」を発表する井深
(左端)            

 この頃、井深(1971年6月、会長に就任)、盛田(同じく社長に就任)らはプログラムが記録された、いわゆるレコーデッドテープを映画会社に作ってもらい、「U-マチック」で好みの映画をステレオサウンドで楽しんでもらう、というコンセプトで、本格的な家庭用VTRの導入を考えていた。もちろん、テレビ放送も録画できる。良い番組はいくらでも空中に電波として飛んでいる。

 しかし、VTRのカセット化の道を開き、その基礎となる構造であったものの、「U-マチック」は思ったように家庭には入っていかなかった。その頃のカラーテレビの普及率はまだ40%以下で、レコーデッドテープを家庭で楽しむというライフスタイルは、時期尚早だったのである。さらに、機械は大きいし、値段も高かった。



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