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第1部 第9章
 第5話 おむすび型のテストパターン

“TV8-301”のすべてがそうであったわけではないが、総じて虚弱児と言われる理由は、以下の一般の評価からも見て取ることができる。

  1.画像が少しぼける。
  2.画面が暗い。
  3.ロッドアンテナだけでは感度が悪い。
  4.自動車に載せて見ていると同期が外れる
   (画像が上下方向に流れる)。
  5.テストパターンの左側が伸びる。
  6.よく故障する。

 1と2については、画像に十分なコントラストを付けるための出力トランジスタの開発が遅れたため、やむを得ず別のタイプのシリコントランジスタを使用したことが原因であった。コントラストが十分得られるまで電圧を高くすると、トランジスタが壊れてしまう。それゆえに、控え目に言えば少し淡い画面になってしまったというわけだ。
 また、“TV8-301”には小型のロータリー式チューナーが使われており、これが悪さをする。接触不良を起こして故障の原因となったり、温度変化から周波数が徐々にずれて同期が外れてしまう(画が流れる)。
 傑作なのが5で、放送局から送られてくる本来は丸いはずのテストパターンが、三角形のおむすびのように見えてしまうのである。

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おむすび型のテストパターン

 こうした故障の原因のうち、チューナーは別にしても、特性が変動して同期が外れるというのは、トランジスタの特性が極めて不安定であったことにほかならない。いくら塚本たちの努力によってシリコントランジスタが実用化されたとはいえ、このテレビに使われているトランジスタの大半は、従来タイプのゲルマニウムトランジスタである。しかも、ポータブルテレビであるがゆえに、暖かい室内から寒い戸外へと持ち出されたり、日光の直射を受けて異常に高い温度にさらされることもある。そうした周囲の温度の急変は、トランジスタ機器の一番苦手とするところであった。

 これは、発売後2年くらい経った頃の話ではあるが、入社したばかりのあるソニー役員が、定例の役員会に出た。その日は営業報告をやっていて、トランジスタラジオが何台売れた、テープレコーダーが何台売れたと各担当役員からが報告が行われる。その中で“TV8-301”の販売台数にマイナスを示す△印が付いている。当の新役員は「売上高に△印がついているのは分かるが、販売台数に△印が付いているのは何だろう」と不審に思い、隣に座っていた総務部長に聞いてみた。総務部長は、ニヤニヤ笑って「はぁ、これは返品のほうが多いんですよ」と言う。これで二人とも大笑いになった。

 こうして役員会で笑っていられたのも、その頃はまだトランジスタラジオの利益でテレビのマイナス分をカバーできたからだ。しかし井深たちがこうした結果に満足していたわけでは決してない。“TV8-301”を世に出した直後から、次なるテレビの構想と実験に取りかかっていたのである。




2T7型トランジスタエサキダイオード井深の初夢難産の虚弱児
hidari  おむすび型のテストパターン



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