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第1部 第9章
 第2話 エサキダイオード

 岩間たちは、塚本の実験の好結果にすっかり気を良くして、さっそく量産体制を整えた。ところが、全く予期しない落とし穴が待っていた。
 トランジスタ組み立ての際、ベースにリード線を付けるボンディング作業の段階で大問題が持ち上がったのだ。多量にリンを混ぜて作った2T7型は、結晶を引き上げて切り出したままで測定をすると良い特性を示す。ところが、これにリード線をボンディングした途端、不良品になってしまうのだ。良品は10%にも満たない。これでは、ラジオの生産が間に合わないと、工場は大騷ぎである。

 すぐにエンジニアが総動員され、連日、対策会議が開かれて知恵を絞るのだが、解決策はなかなか見つからない。最後には「特性も歩留まりも悪いが、これまでの2T7型に戻すか」ということになった。しかし、それとは別に、2T7型の不良発生原因を究明しなくてはならない。
 塚本たちは、不良となったエミッタ接合の特性を、ひとつずつ調べ始めた。その結果、リンを入れ過ぎたため、ボンディングすると半導体のP-N接合部が破壊されてしまうらしい、ということが分かってきた。そこで、どこまでが限界かを調べるため、リンの濃度をいろいろ変えて特性の測定を行うことにした。この測定に研究課の江崎がかりだされ、測定助手として東京理科大学の学生でソニーに実習に来ていた鈴木隆氏らが手伝うことになった。

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ソニー時代の江崎玲於奈氏

 この測定を始めてから約1ヵ月が経過した時、鈴木はリンの濃度が高い結晶に、異常な現象が現れるのに気づいた。P-N接合ダイオードというのは、順方向に電圧を加えると電流が流れやすく、逆方向ではほとんど電流を通さないという性質を持っている。しかし、鈴木がこの実験のデータをグラフに書いてみると、順方向より逆方向のほうが電流が大きく、しかも順方向電流の特性にコブのようなカーブが生じる。「こんなことがあり得るはずがない」と、鈴木も初めは半信半疑であったが、何度やっても結果は同じなのだ。

 このことを、すぐ江崎に報告した。江崎もやはり当初は「何かの間違いじゃないか」と思った。しかし、鈴木は「これは、現象として出すことができます」と言う。「それじゃあ、ブラウン管に出して見てみよう」。江崎の指示で、鈴木がブラウン管に波形を出した。2、3回テストを繰り返し、測定回路を確かめたが間違いはない。江崎も、異常を認めた。この異常を認めた時、江崎は後の「エサキダイオード」(「トンネルダイオード」ともいう)発見の入り口に立っていたのだ。

 2T7型の不良は、リンの濃度をある値以下に抑えれば解決することが分かり、性能の良いトランジスタを量産できるようになった。そこで、江崎はこの異常現象で起こったコブ(負性抵抗)の解明に当たることにした。江崎の頭の中では、この異常現象こそ「順方向のトンネル効果」ではないだろうか、という思いが駆けめぐっていたのだ。量子力学によれば、物質は波としての性質を持ち、そのためエネルギーの山があっても、この山をトンネルを通るように粒子が通り抜けて、向こう側に現れることができるというのがトンネル効果である。しかし、これまでは、誰もが「逆方向のトンネル現象」に注目していた。「そうだ、順方向こそ注目しなくてはならないのだ」と江崎は気が付いたのである。

 実験を重ね、データを集めていった。そして、ついに江崎たちは、加える電圧を増すと逆に電流が減るという、負の抵抗(抵抗は電圧と電流の比で表わされ、普通は電圧を増すと電流も増していく)を持つ新しいタイプのダイオードを作ることに成功したのだ。

 江崎たちはこの成果を、1957年の秋に開かれた「物理学会」で報告し、翌年には米国物理学会誌に投稿、続いてベルギーのブリュッセルで行われた「国際固体物理会議」で発表し、世に問うことになった。しかし、日本での最初の反響は極めて冷淡なもので、ほとんど無視されたも同然の扱いであった。




2T7型トランジスタhidari エサキダイオード migi 井深の初夢難産の虚弱児
おむすび型のテストパターン



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