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第1話 2T7型トランジスタ第2話 エサキダイオード第3話 井深の初夢
第4話 難産の虚弱児第5話 おむすび型のテストパターン



主な登場人物
●井深 大(いぶか まさる。ソニーの創業者、故人)
●盛田昭夫(もりた あきお。ソニーの創業者、故人)
●江崎玲於奈(えさき れおな。ソニーの研究員時代に“エサキダイオード”を発明し、
 1973年ノーベル物理学賞を受賞。現筑波大学学長)
●塚本哲男(つかもと てつお。トランジスタテレビ用の高出力シリコントランジスタ
 開発に貢献。元湘北短期大学学長。現社友)


第1部 第9章
 第1話 2T7型トランジスタ

「子供の時から、早い時期に科学的なものに触れさせたい」という井深の考えのもと、ソニーでは機会を捉えてはいろいろな催しに協力し、世間の注目を浴びてきた。たとえば1959年5月、東京・日本橋にある三越本店で行われた「少年電子科学展」がある。

「三越本店の大展示場と屋上を、無料でソニーに提供しますので、何かやってみませんか」と、三越の宣伝部から話が持ち込まれてきた。
 どうせやるからには、ソニーらしいものがいい。開催期間が『子供の日』をはさんで1週間だから、子供たちが興味を持つようなものをやろう」。あれこれ考えた結果、展示場にトランジスタとトランジスタラジオの製造ラインを設置して、実際に作るところを見てもらうことにした。

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日本橋の三越本店にトランジスタの製造ライン
が実際に作られ、見学者を驚かせた     

 むろん、実際に工場で作る時と同じように、製造ラインには15人の女性社員が交替で来て顕微鏡をのぞき、組み立てを行った。そのほかにも、太陽電池を利用して動くヘリコプターや船、国産第1号となったVTRの実演、屋上では無人自動車が動き回り、子供たちだけでなく大人も大喜びである。これが非常に話題となり、三越では連日、階段にロープを張って誘導しなくてはならないほどの人出となった。この期間中の入場者は120万人を超え、三越開店以来の盛況であった。トランジスタを生産している会社は、すでに日本にたくさんあったが、どの会社も製法は秘中の秘で、公開など問題外である。このように実際の製造ラインを見せることができたのは、ソニーであればこその英断であった。

 翌6月、ソニーから“エサキダイオード”の試作研究の成功が発表された。“エサキダイオード”は、別名“トンネルダイオード”とも言い、研究員・江崎玲於奈の発明である。
 2年前、半導体部長の岩間和夫(いわま かずお。後にソニー社長、故人)はラジオ用の新しい高周波トランジスタの歩留まりの悪さに頭を痛めていた。これは、それまでの高周波トランジスタ2T5型に代わる改良型として、半導体部製造第1課の塚本哲男が開発した2T7型であった。

 塚本は、ペニシリンの副作用で倒れ半年間の療養をしていた時、特性も歩留まりも悪い2T5型に代わるものはないかと、病床で勉強を重ねていた。高周波トランジスタとしての設計条件は、ゲルマニウム結晶の中に不純物を多量に添加した薄いベース層を作り、さらに多量の不純物を加えたエミッタ領域を形成しなければならない。このエミッタ領域の不純物濃度が高いほど、高周波特性の良いトランジスタができる、という。

 塚本が考え出したのは、このエミッタ側の不純物として、従来使っていたアンチモンの代わりにリン(燐)を用いることであった。病気が全快して会社に出て来た塚本は、さっそく自分の考えを確かめるための実験に取りかかった。結果は素晴らしいものであった。2T5型の5倍という、今まででは考えられないような高周波特性が得られたのだ。リンは、アンチモンと違っていくらでもゲルマニウムに混ぜることができる上、濃度が高くなっても良質の単結晶ができる。しかも、リンを使うことによってトランジスタのベースの厚みを設計どおりに作ることができた。

「これはいい」。岩間も大喜びだ。先(第1部第8章第4話)に出た『ソニー・モルモット論』でも分かるとおり、トランジスタは次第にソニーの独壇場ではなくなり、激しい価格競争にさらされるようになっていた。そのため、ソニーでは価格は高くても、物で勝負できるようにと、中波放送用のラジオだけでなく、短波、FMへと次第に移らざるを得ない状況にあった。しかし、短波やFMに使用できるような高周波トランジスタは簡単には作れない。2T7型は、こうしたソニーの抱えている問題を、一挙に解決してくれるかに思えた。




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おむすび型のテストパターン



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