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第1部 第1章
 第4話 モルモットのソニー

 NHKでは、技術研究所を中心にVTRの試作に取り組んでいた。VTRを使えば番組の国際交流が図りやすくなることもひとつの効能ではあるし、米国でアンペックスのVTRが標準方式となり、続いてヨーロッパでも標準方式となったことから、当然NHKもアンペックス方式でやったほうが、何かと便利であることから始められたものであった。

 こうした立場上、NHKは試作完成後もアンペックス方式で国産化を進めていったが、ソニーは人のやらないことに挑戦する会社でもあり、アンペックス方式の試作完成後からは独自の道を歩み始めていた。この頃、ソニーとNHK以外でも5〜6社が次々とVTRの開発を始めていた。NHKなど何社かはアンペックス方式を踏襲し、ソニーをはじめ数社が別の方式で開発しようとしていた。

 ところで、木原たちが国産初のVTR試作に取りかかった頃、週刊誌に「ソニーはモルモットだ」という記事が出た。評論家の大宅壮一氏(故人)が、週刊誌の記事の「日本の企業」に東芝を取り上げ執筆した中で、引き合いに出されたもので、「トランジスタでは、ソニーがトップメーカーであったが、現在ではここでも東芝がトップに立ち、生産高はソニーの2倍半近くに達している。つまり、儲かると分かれば必要な資金をどしどし投じられるところに東芝の強みがあるわけで、何のことはない、ソニーは、東芝のためにモルモット(医学などの実験用動物として使われる)的役割を果たしたことになる」と書いたのだ。

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1960年、井深の藍綬褒章(らんじゅほうしょ
う)受賞を祝って、社員から贈られた“モル
モット”の像              

しかし、こういう言われ方は井深たちにとっては、残念なことであった。確かに『モルモット』かもしれないが、日進月歩の電子工業の世界にあって新しい製品を産み出していけるのは、ソニー自身がすぐれた技術力と社長以下全社一丸となったチームワーク、そして実行力を持っていたからだ。それを抜きにして、大会社と比較されたのではかなわない。

 この発言に、初めはひどく憤慨した。しかし後年、井深は『ソニー・モルモット論』に対し、「私どもの電子工業では常に新しいことを、どのように製品に結び付けていくかということが、一つの大きな仕事であり、常に変化していくものを追いかけていくというのは、当たり前である。決まった仕事を、決まったようにやるということは、時代遅れと考えなくてはならない。ゼロから出発して、産業と成りうるものが、いくらでも転がっているのだ。これはつまり商品化に対するモルモット精神を上手に生かしていけば、いくらでも新しい仕事ができてくるということだ。トランジスタについても、アメリカをはじめとしてヨーロッパ各国が、消費者用のラジオなどに見向きもしなかった時に、ソニーを先頭に、たくさんの日本の製造業者がこのラジオの製造に乗り出した。これが今日、日本のメーカーのラジオが世界の市場で圧倒的な強さを示すようになった一番大きな原因である。これが即ち、消費者に対して種々の商品をこしらえるモルモット精神の勝利である」とし、さらに「トランジスタの使い道は、まだまだ私たちの生活の周りにたくさん残っているのではないか。それを一つひとつ開拓して、商品にしていくのがモルモット精神だとすると、モルモット精神もまた良きかなと言わざるを得ないのではないか」と、語っている。たとえ、モルモットと言われようとも、それによって日本の電子産業が発展し、ひいては消費者の生活が便利になれば、それでよいのではないかというのが、井深をはじめ経営陣の考えであった。




外国製品一辺倒の打破国産初のVTRもの言った潜在力
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